”いいね”から始まった、『ドロステ』円盤化計画

山口:まずは作品をご覧頂いて、いかがでしたか?
渡辺:僕、実は、『サマータイムマシン・ブルース』が大好きで。年に1回絶対観てるんですよ。時間モノが好きだというのもあって『ドロステのはてで僕ら』も観ましたが、本当にあっという間に終わってしまいまして。ドタバタな展開になっていく楽しい作品、でも実は緻密に作られているものってなかなか観られないので、本当に面白かったです。
伊尾喜:僕も『バック・トゥ・ザ・フューチャー』世代なので、時間SFは大好きで。Twitterで『ドロステのはてで僕ら』の情報が流れてきて、僕の大好きな『サマータイムマシン・ブルース』のヨーロッパ企画ではないか!と。すぐ、TOHOシネマズ池袋で拝見して、「時間にガツンと殴られました」。
山口:ありがとうございます。
伊尾喜:たった2分の時間差でこんなことができるのか、っていう驚きがあって。ホクホクな気持ちで「これは面白かった」とツイートしたら、すぐ監督に見つかって。
山口:そうでしたね(笑)。
伊尾喜:翌日、ある試写で紹介されたのが山口監督で。 Twitterで”いいね”をもらった翌日に。
山口:本当にビックリしましたね!機材は何で撮ったんですかって、すぐマニアックな話になりましたね。
伊尾喜:技術の話ばっかりしましたね(笑)


「良い画質にしたい」って実はとても難しい

山口:僕も伊尾喜さんに「作品をどうやったら良い画質でパッケージ化できますか?」って聞いてしまって。出会って、5分も経たずに。
渡辺:(笑)
伊尾喜:まあ大好きな話なので(笑)。
山口:そうやってご質問させていただいたのが、始まりでしたよね。
伊尾喜:でも実は「良い画質」にしたいって、定義がすごく難しいんです。映画の制作サイドが徹底的に作りこんだマスターの画質に、ブルーレイやDVD収録のために圧縮した映像のクオリティをどこまで近づけられるかが、僕らディスク制作サイドの仕事の最優先事項であり、最大の難関なんですよ。
山口:なるほど。
渡辺:会社としては様々な作品がありますのでマスター作成を行う事はありますが、映像を圧縮する作業であるエンコードと、圧縮した映像データや字幕、メニューなどを繋ぎ合わせるオーサリングを主とする僕たちの仕事では、マスターに手を入れることは厳禁です。ただ今回、伊尾喜さんから話を聞かせて頂いた時に、確か確認したと思うんです。
伊尾喜:監督が「画を良くしたい」と言っているということは、マスターに手を入れて良いんじゃないかな、って。
山口:良い画質になるなら喜んで!と、すぐお渡ししました(笑)。
渡辺:そんなに前例がないことなので、挑戦したいという思いがあったのも事実です。ただ、最初にマスターを見た時に思ったのは「できるのかな」という印象でした(笑) 。条件としてはかなり厳しい部類だったので。
伊尾喜:なので、小型カメラ特有の撮影センサーのノイズを軽減していくアプローチで行けるかな、と渡辺くんと話をした記憶はあります。ざらっとした質感の、フィルムで言う、粒状感ですね。
渡辺:今回、行った作業としては、まさにクリーニングするようなイメージですよね。
山口:この映画は僕が編集も担当しているので、編集全データを丸ごとお渡しさせていただいたんですよね。
渡辺:そうですそうです(笑)。
伊尾喜:これは本当にまれな事なんですよ。
山口:でも、それって役立ったんですか?
渡辺:映像中のノイズがどの段階で出ているかを徹底的に検証できました。プロジェクトデータがなければ、ひょっとしたら、今回の出来には到達していない可能性もありましたから。
山口:あぁ、本当ですか。よかったです。
渡辺:まず本編映像の中から、質感の異なるシーンをいくつかピックアップして10分程度の映像に編集しました。1カット撮影なので、室内や室外、明暗など全体にムラが出ないように仕上げなければいけないということもあり、その映像を僕たちのチームだけではなく、社内のリマスターチームにも渡して、合計7パターンぐらいを作りました。
山口:プレビューで最初に見せていただいたものが相当綺麗な映像になっていて。これ以上ないだろうって思っていたら、「実はこれより6段階も上があるんです」と言われて、さらに綺麗なものを次々見せていただいて。えぇ!ってひっくり返りそうなくらい驚きました。



伊尾喜:映像の圧縮について、簡単に補足しますね。映画は1秒間の「動画」が24枚の「連続した静止画(フレーム)」で出来ています。その中で、あるコマと次のコマで、画像のどこがどう変化したのかを見比べるわけです。変化がないところは同じ画像データを流用・収録できるので、データ量の軽減=圧縮が可能になるわけです。もちろん画像の変化があればその分データ量を使うことになります。こういうことを機械が毎フレーム計算していくわけです・・・渡辺さん、この説明で合ってます?
渡辺:大丈夫です(笑)
伊尾喜:そう考えると、映画フィルムの粒状感や『ドロステ〜』のカメラのセンサーノイズは、フレーム毎にランダムに発生するので、これを映像データとして認識させると大変なデータ量になってしまいます。なので、できる限り粒状感を減らせば、本来見せたい画のクオリティを底上げできるんですね。
山口:なるほど!
伊尾喜:ただ、それを全部なくしてしまうと、映像の中でエッジが立ってるディテール部分も消してしまいかねません。どこまでエッジを保ちつつ、ノイズを減らせるかを考えた時に、今回のキュー・テックさんのFORSというシステム(https://www.fors-qtec.jp/)が、大いに役立ったと僕は思っています。
渡辺:FORSの技術としては、いかにエッジをオリジナル通りに保つか、というのが特徴のひとつにありまして。今回、テストの段階で、夜の階段のシーンでカトウの背中が溶けたようなイメージだったところがありました。



渡辺:これは調整をし過ぎていた為に起こった事ですが、1シーン、場所によっては1カット毎に調整するという事がエッジの部分をいかに保つかなどをはじめ、全体の映像として元のマスターに近いのか、というところに繋がっていきます。
山口:なるほど…!
渡辺:ただ、ノイズは、消しすぎてはいけない、ということが大前提で。
山口:それも、制作者の味であろうと。
渡辺:そうですね。意図かもしれないので。
伊尾喜:でも今回の場合、マスターに手を入れて、最低限のノイズ感をなんとかしないと、映像圧縮をかけた ブルーレイの映像が、割と悲劇的なものになるんじゃないかっていう怖さがあったんですよ。なので、もし監督に反対されてもノイズは減らしていかないと、って僕は言うつもりでした。
山口:なるほど。でも、僕はもうリマスターとかめっちゃ好きな人なんで(笑)。
伊尾喜&渡辺:(笑)。
山口:そもそも、キュー・テックさんが手がけられた『AKIRA 4Kリマスターセット』(https://tokyo.whatsin.jp/592427)が大好きで。
渡辺:ああー、ありがとうございます!(笑)。
山口:映画も形が変わってきて、いろんな媒体であっても、たくさんの人に観てもらえた方が、映画が幸せになると思ってまして。
伊尾喜&渡辺:(大きく頷く)。
山口:『ドロステ』はミニシアター作品で、少人数が寄せ集まって観るという想定でした。それなら!と、高解像度ではないけれど、役者と役者の数センチの間を縫うなど、面白いカメラワークで撮れるOsmo Pocketという小さなカメラを選んだんです。画質の良さを売りにしている映画作品じゃないので、パッケージ化する時も、最初はDVDだけでもいいかなと思ってたんですよ。
伊尾喜&渡辺:あー、なるほど。



山口:でも、奥行きとか空間表現の臨場感が楽しい作品でもあるので、やっぱりブルーレイでも出したいなと思いはじめ、ただそれにしてはちょっと画質がなあと悩んでいたところ……目の前にお二方が現れていただいて。
伊尾喜&渡辺:(笑)。
山口:劇場マスターはあくまで劇場向き。そのままのマスターで、有機ELだ、4Kテレビだ、っていう環境で観た時に、ちょっと劇場で観る時とはまた違った感じに見えると思ったんですよ。
伊尾喜&渡辺:はいはい。
山口:つまりはテレビに合わせないと、これは僕の意図とは違った、観る人にとっては余計なノイズになってしまうなと思ったんですね。だから、画質を綺麗にしたいと切実に思っていました。
伊尾喜:劇場のスクリーンで『ドロステのはてで僕ら』を観た時は、フィルムを見てる感覚になれるんですよね。あのカメラのセンサーノイズをフィルムグレインのように感じられて、面白いなあと思ったんですけど。でも、リマスターをかけた映像を、大画面のテレビで見た時に、キャラクターの立ち位置や、奥行き感など、視覚でスッと入ってくる情報が増えたなあって思いました。最終版では、ものすごく追い込んで作業していただいて、見事な仕上がりになってるんじゃないかなというのは思います。本当に太鼓判を押したいなと思ってます。
渡辺:作業フローとしてはリマスターの後にエンコードの作業を行っていますが、そこでもリマスターと同じ考え方でシーンごとに圧縮のパラメーターなどの割り出しにすごく長い時間をかけていたりとか、全体のフローとして僕たちとしても通常ではやらないような動きが出来た作品でもあります。どこをご覧いただいても大丈夫な作品にしようと最初から取り組んで、すべてのシーンに手をかけましたので、本当に隅から隅まで見ていただければ幸いです(笑)。
伊尾喜:本編70分のリマスターとエンコードに、どれぐらいかかりました?
渡辺:リマスターに関しては、多分1ヶ月半から2ヶ月近いと思います。
山口:すごい……。
渡辺:エンコード(映像圧縮の工程)に関しては、1週間〜2週間ぐらいはかけてやっていましたね。
山口:トータルすると、映画の制作日数を越えてますよ(笑)
一同:(笑)。

Image placeholder

映画「ドロステのはてで僕ら」

Blu-ray:¥6,050(税込)/DVD:¥3,850(税込)

雑居ビルのカフェを舞台に、2分先の未来が見える“タイムテレビ”を巡る騒動を描いたエクストリーム時間SF。
高画質を追求しリマスター処理を施した本編に加え、監督・脚本家・出演者による3種類のオーディオコメンタリーを収録。
また、ブルーレイ版のみの特典として、前⼈未到の⻑回し撮影を追ったメイキング(コメンタリー付き)や、本作の原案となるショートムービーなども収録、さらに特製ケースや、滝本晃司監修の「サウンドトラックCD」、舞台裏を全網羅したブックレット「ドロステ辞典」付き!

商品の詳細はこちら